市の沿革

沿革

日南市は、平安朝時代に藤原系荘園として開拓され、日向八院の一つ飫肥院のあった所と伝えられています。 鎌倉時代に工藤祐経を祖とする伊東氏が日向地頭職に任ぜられて以後、戦国時代を通して飫肥城をめぐり伊東氏と島津氏による争いが続きました。天正15年(1587年)、豊臣秀吉の九州攻略に功があった伊東氏が支配することになりました。

江戸時代後期には藩校振徳堂を中心とした人材育成に力が注がれ、明治の外交官・小村寿太郎侯等、多くの人物を輩出しています。

昭和25年1月1日に吾田町、油津町、飫肥町、東郷村が合併し市制を施行。昭和30年2月1日に鵜戸村と細田町、昭和31年4月1日に酒谷村と榎原村大窪地区が合併し現在の日南市になりました。

温暖な気候を生かした超早場米やみかん等の農業、飫肥杉による林業、マグロ・カツオの遠洋漁業、王子製紙(株)日南工場が本市の基幹産業です。

観光地としては、全国的に知名度の高い日南海岸や鵜戸神宮、国の重要伝統的建造物保存地区である飫肥城下町、堀川運河と油津の町並み、酒谷坂元棚田など多くの観光資源に恵まれ、年間多くの観光客が訪れます。

平成10年に東九州自動車道北郷日南間が整備計画路線となり、また、平成11年には油津港東ふ頭に水深12メートルの岸壁が完成するなど、港湾機能の整備によって国内外の定期航路が開設され、本格的な国際貿易港として発展してきています。

平成13年度から平成22年度まで、日南市の未来像となる第4次総合計画を策定し、「太陽と海 みどりの山々 歴史と文化のかおる都市」をシンボルテーマに新たなまちづくりを進めています。

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