コンセプト

コンセプトは、たとえ社会情勢の変化や、市や市民が様々な課題に直面することがあったとしても、未来に向けたビジョンとして示していくぶれない軸であり、まちづくりを進めるうえでの羅針盤となるものです。

平成21年3月30日に旧日南市、旧北郷町、旧南郷町が合併して誕生した現在の日南市は、江戸時代の飫肥藩とほぼ同じ領域です。

飫肥藩は小藩であり、薩摩藩の脅威を受け続けるとともに、財政的な危機に陥ったこともありましたが、「山尽き候ても、才覚尽きず」※という言葉に表されるように、新しい産業を興したり、人材育成に力を入れたことにより、約280年もの長い間、藩を保ち続けました。そのようなことができたのは、驕ることなく、時代を読み解き、知恵と創意工夫を持って、変化を恐れず果敢に挑戦するという精神を持った人材を育て、連綿と次の世代へつないできたからに違いありません。

飫肥藩領地図

飫肥藩280年の歴史の特徴

常に危機意識を持っていた

  • 大藩薩摩藩の脅威を受け、緊張感や危機感を持ち続けた
  • 家臣団を適正に配置し、緊張関係にあった 藩に対して備えていた

人々に役割を与えた

  • 小藩ながらも通常の倍以上の約2,200人の家臣を抱えていた
  • これは薩摩藩の脅威に備えるとともに、古くからの家臣を大事にし、人は宝であるという考えのもと、任務や役割を与えた

新しい産業を興していった

  • もともと広大な山地と長い海岸線を有し、山林資源と水産資源に恵まれていた
  • 古くからある巨木が伐採により枯渇すると、スギの大規模植林に取り組んだ
  • スギが成長するまでの間は、コウゾ紙の増産に成功した
  • 炭・砂糖・カツオ節など新たな産業を興した
  • スギは船を造る弁甲材として、また建築材として盛んに取引された

人材育成に力を注いだ

  • 実務に役立つ学問である実学(古学)を柱とした教育に取り組んだ
  • 振徳堂の教育方針は、「忠孝に励み礼儀作法を重んじ、治乱に備えての心構えをもたせよ」であった
  • 幕末・維新期には、振徳堂で学んだ者が藩政に登用されるとともに、小倉処平や小村寿太郎が輩出された

重点戦略プランについて

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